Vol.43  春は惑いて [2006.4.24]
 駅から自転車をこいで帰る。路地を曲がると、この季節、空にピンクの雲の広がる場所が在る。
そこは美しく手入れされた小さな禅寺の境内。まず、入り口に、そめいよしのが空いっぱいに咲く。そのあと、八重桜が枝垂れ桜と折り重なるように又空をおおう。桜は確か5本。
お寺はこの時期、その桜を人々のためにライトアップして、門をあけてくれているので、8時ごろまでにそこに辿り着くと、その桜を真下で見ることもできる。

 ある日、門がまだ開いていたので、ひとりだったがおもいきって中に入った。はじめてその見事な桜を真下からあおいで見た。時折、花びらがひらひらと舞いおりて桜餅の香りさえしてくるような。 誰もいないとびきりのお花見。
 2週間ほど前には、千鳥が淵の桜を行列して見た。皇居周辺に何キロにも渡って咲きほこる桜にはすごみさえあり、桜に魅せられ熱を帯びた人々も手伝って花の色に心が染まってくるような感じ。だが、この空に降るような桜。今何と、私は一人占めしている。

 『そめいよしの』が咲くある日、この寺でお葬式が行われていた。ご家族は悲しい別れをされたに違いないが、こんな素晴らしい桜に見送られるなんて何と美しい最期。亡き方は女性の方だった。

ふと見ると境内にこんな言葉が。

叱られた
恩を忘れず
墓参り
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 桜を見ていると、うっとりすると同時に、急に何か心の奥にキュンとするものがある。
自分はこれでいいのだろうか、毎日を過ごしているが、一体どこへ続くのだろう。
『春よ来い』という唄がある。--春よ来い。早く来い。おんもへ出たいと待っている。はよ咲きたいと待っている--春になると自然に芽吹くこんな気持。それで心が膨らむと同時に不安になるような。

 そんな時は毎日を身の丈に過ごす。そうしているうちに、きっと心もふんわりとしてくるだろう。
あらん限りに美しく、それでもひっそりと咲いている桜。たったひとりその桜を真下で見ていたら、誰かが言ってくれたそんな言葉が浮かんできた。
-END-
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