第1回「私がこの連載を書き始めた理由・・・」 [2002.8.27]
 聞くところによると、「お父さんのためのピアノ教室」なるものが静かなブームらしいですね。「大人のための・・・」と銘打った教室の生徒募集をよく見掛けます。楽器店にもそんなタイトルの楽譜がズラーッと並んでいます。
 でもその割には「私、やってます」というお父さんには、なかなかめぐり会えないんですよね。
 皆さん、そのうちに周りをアッと言わせようと、秘かに練習に励んでいるのか、あるいは単に私が知らないだけなんでしょうか。
 実はかく言う私もそんな「お父さん」の一人でして・・・。
 という訳で、同じ志を持った人と知りあいになりたくて、あるいは始めてはみたものの、どうも挫折しそうだという人の何かの励みにでもなればと思い、私の体験談を書いてみることにしました。
 これから大体、週に1回位のペースを予定していますが、時々遅れても、どうか大目に見て下さい。では、本題は次回から・・・。
−an 弾手−


第2回「中学校の同級生の女の子が…」 [2002.9.3]
 まずは、私がピアノを始めたきっかけから。
 初めてピアノに触ったのは中学1年の音楽の時間。先生がドレミファソラシドの指使いを説明した後、「だれか、やってみて下さい」とおっしゃいました。1人、利発そうな女の子が出て行って、ピアノの前に座るや、パラパラッと弾いたんです。
 どうも小さい時からやっているらしくて、「何よ、こんなもの」という感じ。それを見て私は「あの位なら自分にもできそうかなぁ」と、大胆にも手を挙げてしまいました。それまで鍵盤に触ったこともなかったのに! で、ピアノの前に座っておもむろに鍵盤を押さえたところ…「重い!」「音が出ない!」「指がフニャフニャ!」という訳で、大変なカルチャーショックでした。
 その時の恥をかいた経験は、ずっと大人になるまで私の中でくすぶり続けて、いつしか「華麗にピアノを弾いてみたい」という願望に変っていったようです。(続く)
−an 弾手−


第3回「ひたすら忍耐の果てに…」 [2002.9.10]
 娘が小学生も高学年になって、我が家も世間並みに何か習い事でもさせようと、ピアノを始めることになりました。子供がどんどんうまくなっていくのを見ていると、私の中の、あの中学校の時からの願望がうごめき出して、どうもじっとしていられません。次第に、子供そっちのけで自分の練習に打ち込むようになってしまいました。
 練習方法はこうです。子供の練習曲の楽符をちゃっかり拝借してちょっとずつ弾いてみる(お手本は子供です)。 読符はドの位置だけ分れば、そこからレ、ミ、ファ、ソと数えて、それを鍵盤上で同じくレ、ミ、ファ、ソと辿って「ここだ!」と押さえる、という何とも気の遠くなるような方法です。それでも、1日に1小節だけ解読すれば、2〜3ヵ月位で短い曲なら終りまで辿り着きます。ひたすら根気、根気、です。こうして、1曲、2曲と何とか通して弾けるようになるのが嬉しくてたまりません。
 でも、そのうちに困った事に気付きました。3曲目位になると、もう、1曲目を忘れ始めているんです。何しろ、丸暗記ですから記憶できるキャパが2曲位しかない。楽譜を見直しても又、レ、ミ、ファ、…と数えないと分らない。これでは、いつまでたっても何とか弾けるのは2曲だけで、新たに1曲こなすのに2ヵ月以上の忍耐を要する。これでは残りの人生、いくらあっても足りないなあ、と思いはじめました。
 そんなある日、私のピアノ生活を一変するような画期的な出来事が起こりました。
 それは、偶然にスイッチを入れたカーラジオから流れてきた番組でした。(続く)
−an 弾手−


第4回「運命の出会い」 [2002.9.18]
 あの時、あのカーラジオのスイッチを入れなかったら、もう、とっくにピアノはあきらめていたかも知れません。それ程、画期的な事件でした。
 スイッチを入れた時、その番組はもう終りの方でした。中年男性のアナウンサーが、「いやあ、これで私も第1段階マスターですね」と興奮ぎみに話しています。
 先生らしい男性が「そうです。誰でも、30分あればここまで出来るようになりますよ。」「全くの初心者でも、1ヵ月で1曲、人前で弾けるようになります」と自信ありげに話しています。「私のレッスンはまず基本のコードを覚えて、それを応用していく弾き方ですから、楽譜を読めなくても、自分でアレンジしながらどんどん弾けるようになりますよ」
 そこで番組は終ってしまいました。一体、あの先生らしい男性はどこの誰だったんだ?そんなうまい弾き方があるのか?半信半疑ながらも、1曲に何ヵ月も悪戦苦闘しながら、はじから忘れていっていた私は、ワラをもつかむ思いで、すぐにその放送局に電話しました。
 「さっきの番組に出ていた人の連絡先、教えてください!」(続く)
−an 弾手−


第5回「新しい世界の入口へ」 [2002.9.24]
 「まず無料体験レッスンに来てみませんか」
受話器の向こうから、さっきラジオで聞いた渋い男性の声が聞こえました。行くも行かないもありません。
「体験レッスンじゃなくて早く始めたいんですけど…」
はやる私に、その男性は
「まあ、とにかく最初は皆さん体験レッスンに来てもらってますから」と妙に落ち着いています。
…で、約束の日の昼下り。ひと気のない白々とした飲み屋街の雑居ビル。指定された階でエレベーターを降りると、ドアの向こうからピアノの音が聞こえてきます。中に入ると、ガランとしてほの暗い店の奥で1人の男性がグランドピアノに向かっていました。隣に中年の女性。どうもレッスン中らしい。私は手前のボックス席に1人腰を下ろしてレッスンの様子を見ていました。
「ほら、最後はこのパターンで終わるとカッコいいでしょう」
なるほど、カッコイイ! クラシックの曲と全然雰囲気が違う。夜のクラブやラウンジなどで流れているオシャレな生演奏の、あの感覚。
その女性のレッスンが終わるまでの約10分間、私は広い店内の片隅でじっと耳を傾けながら
「こんな風に弾けるようになったらどんなにいいだろう」と、全く新しい世界の入口を覗いてしまった興奮をじっと押さえていました。(続く)
−an 弾手−


第6回「体験レッスン」 [2002.10.1]
「何か弾いてみてくれますか?」
その男性は私が我流でピアノをやっているというのを聞くと、いきなりリクエストしてきました。初対面の人と1対1でいきなり「さあ弾いて」と言われると、それは緊張するものです。ガチガチになりながらも日頃丸暗記した1曲を何とか最後まで弾き終えました。
「ほう、なかなかいいじゃないですか」と男性。それから「日頃どんな練習をしているのか」「どんな曲が弾きたいのか」などいくつか質問された後、やっとレッスンについての話に入りました。
その要旨は、
・コードを使って弾いていくコード奏法である。
・弾きたい曲を題材にしてポイントだけ教えるので、後は自分で工夫してひとつのピアノソロにまとめていく。先生はそれに対してアドバイスをする。
ということでした。
 それから男性は
「少し弾いてみましょうか」と言ってピア丿の前に座りました。
「この曲はだいたい皆さん最初か2番目に練習するんです」
曲はダイアナ・ロスのIf We Hold on Togetherでした。聞き覚えのあるメロディーが誰もいない店の中に響きました。鍵盤の上を目にも止まらぬ早さで指がパラパラ動いていくのをただ呆然と見ていました。
―――あっという間に1時間が過ぎていました。
「どうですか? レッスン始めますか?」
始めますか? じゃなくて、早くしたいとこの前から言ってるじゃないですか!
 かくして、この男性のピアノ教室にめでたく入門することになりました。
 ちなみにこの男性は、この店(ライブバー)の店長。昼間店が営業していない時間に予約制で個人レッスンをしているのだとか。この日の出会いから、私が知らなかった全く別次元の世界が広がっていくことになりました。(続く)
−an 弾手−
(注)このコラムはノンフィクションであり、登場する人物、団体等は全て実在するものです。


第7回「手品のタネ明かし」 [2002.10.8]
 手品を見るのは楽しいですよね。タネがあると分っていても、実に不思議でいつまで見ていても飽きません。タネを知ってしまうと「ナーンダ」と思うのですが、「じゃ、お前やれるか」と言われても出来ない。タネ+熟練のワザが必要。しかも裏で苦労して練習していることを悟られずに、サラリとさりげなくやってのける演技も必要ですね。私がこのライブバーでレッスンを始めて間もなく気付いたのがこの手品師の演技とピアノ演奏の共通点でした。
 夜の店でピアニストがさりげなく演奏しています。髪振り乱してピアノに向かうわけでもなく、淡々とさりげなく。それでいてその指先からは華麗でオシャレなサウンドがごく当り前のように次から次へと流れていく。客からリクエストがあると楽譜を見るでもなく、スッと弾き始める。途中、適当にアドリブを入れながら歌うように奏でていくその技は、どう考えても不思議でなりませんでした。
 「でした」と過去形にしたのは、コード奏法を習い始めてから、その謎、つまり手品のタネの一端が見えてきたからです。
 「何だ、そうだったのか!」という驚きは、しかし、すぐに感動に変わりました。
 「一体、こんなコード理論と演奏法を誰が考え出したのだろう?!」
 実に合理的で、論理的で、しかも素晴らしく感覚的(即興的)な奏法、それがコード奏法だと思います。
 コード奏法に詳しい方には、こんな単純で大げさなモノの言い方がまどろっこしいかも知れませんが、初めてコード奏法に足を踏み入れた私には、本当に驚きと感動の世界だったのです。(続く)
−an 弾手−


第8回「コード奏法について」 [2002.10.15]
 ここで、コード奏法についてよく知らない人のために、それがどういうものか簡単にお話します。私もまだほんの入口を覗いただけなので、偉そうなことは書けません。もしかすると間違ったことを言うかも知れませんが「あまり難しく考えず、とりあえず大体でいいんだ」という精神もこのレッスンで悟ったことのひとつです。
 コードとは、いわゆる和音のこと。例えば、ド・ミ・ソという音を同時にジャーンと鳴らすと、きれいに響き(ハモり)ます。シ・レ・ソという組み合わせもきれいに響きますが、ド・ミ・ソとはちょっと違う感じがします。ラ・ド・ミになると何か物悲しい響きになります。こんな風に音の組み合わせによって、どんな感じにハモるかが決まっています。この音の組み合わせをコードと言って、それぞれの組み合わせ方に名前が付いています。C(シー)、G(ジー)、Am(エーマイナー)とかいうのがそれで、最近の楽譜(クラシック以外)には、大体、音符の上にこんなアルファベットの記号がズラーッと付いているはずです。この曲のこの部分は、このコードの音の組み合わせで出来ていますよ、という意味です。
 そこでこのコードの記号(コードネームと言います)を見ただけで、組み合わせる音(構成音)を鍵盤上でパッと反射的に押さえられるように訓練しておくと、楽譜がなくても、コードネームの羅列だけで、立派に演奏ができるようになります。更に、コードは曲の進行に添ってどんな風に変化してくか(コード進行と言います)がほぼ決まっているような(いないような)ところがあるので、演奏しながらその先のコード進行が想像できるようになると、何も見なくても自分のイメージで演奏できるようになります。つまり、即興演奏です。
「コードの意味ぐらいなら自分も知っているが、本当にコードでピアノがあんなに華麗に弾けるのか?」と思う人がいるかもしれません。
 そこは手品のタネと一緒です。知ってしまえば、単純でダサイようなタネでも、プロのマジシャンの手にかかると鮮やかな魔術に変身してしまうから不思議です。
 その変身のための修業の様子をこれからおいおい書いていこうと思います。(続く)
−an 弾手−


第9回「ある朝、目覚めると・・・。」 [2002.10.22]
 ある朝目覚めると別人に変身していた・・・、という設定の物語がよくありますよね。例えば、おとぎの国のお姫様になっていたとか、何でも願いごとがかなう特殊な能力を身に付けていたりとか。
 私がコード奏法を習い始めて3ヵ月位経った頃、実はそんなおとぎ話のような感覚を、実際に体験したのです!
 レッスンは、1曲目が「Let it be」、2曲目が「If We Hold on Together」でしたが、最初必死でコードを覚え、レッスン曲を教えられた通りに何とかこなすうちに、「このコードの押さえ方で、この曲が弾けるんだったら、他の曲もコードネームさえ振ってあれば、同じように弾けるかも」と、今思えば当然の事ですが、当時としては画期的な発想がヒラメイたのです。
 そこでさっそく楽器店に行って、コードの振ってある楽譜を、POPSもの、童謡もの、演歌もの(これは“カラオケベストヒット”とかいうやつ)と買い込んできました。楽譜はピアノ用の2段譜ではなく、メロディーとコードだけ書いてある、いわゆるCメロ譜(これについては別の時に書きます)というもの。
 そして、ピアノの前に座ると、パラパラめくりながら、自分の知っていそうな曲を、片っ端から習いたてのコード奏法で弾いてみました。すると、ちゃんとしたピアノソロに聞こえるではありませんか。そっけないメロディーだけの楽譜から、自分の好きな曲、なつかしい曲、聞いたことのある曲が次々と、即席のピアノ曲として流れ出すのを聞いて、自分で弾きながら、とても自分が弾いているとは思えない、不思議な感覚に襲われました。
 ある朝、目覚めたら・・・、という、あの感覚です。
 弾き方はまだまだ稚拙だったかも知れませんが、以前練習したクラシックの練習曲に比べたら、明らかに大人っぽいオシャレなサウンドに聞こえて、不思議でなりませんでした。
 ・・・で、おとぎ話なら、ここで夢から覚めて、現実の世界に戻ってしまうところですが、これは、幸いにも、おとぎ話ではありません。かつて、1曲通すのに何ヵ月も苦労していたのがウソのように、急に自由な音楽の世界が目の前に開けたような思いでした。(続く)  
−an 弾手−


第10回「Cメロ譜」 [2002.10.29]
 メロディーとコードネームだけ書いてある楽譜。これを前回"Cメロ譜"と書きました。今回これについて書こうと思って、少し本など調べたら、Cメロ譜という言葉がどこにも出てこない。代りに、"リードシート"という言い方がありました。Cメロ譜というのは、レッスンでも、聞いたことがなかったのですが、いつか、どこかの本で見た記憶があったので、前回、そう書きました。この言葉が普通に使われているかどうかは不明です。ジャズやポピュラーの音楽用語では"リードシート"というのが一般的のようです。
で、そのリードシートですが、下にその見本を載せます。
初めの頃練習したIf We hold on Together の一部です。
 ジャズやポピュラーでは、こんな一段譜(リードシート)を使って即興的に演奏します。クラシックのピアノでは、作曲家が音楽的発想に基づき弾くべき音を正確に二段譜に表記し、演奏者は自分なりの解釈を加えながらも、作曲家の書いた譜面からはずれた弾き方をすることはありません。ポピュラーやジャズでは一段譜のリードシートで演奏するため、同じ譜面で10人が弾いたら10通りの、全く違った曲になります。ですから、ベテランも初心者も自分の技量の範囲内で、自分なりに楽しめます。こんな、非常に許容範囲が広い奏法なので、私のように大人になってからピアノを始めて、今さら、硬苦しい練習はイヤだけど、すぐに好きな曲はそれなりに弾きたい、という横着者にはもってこいかも知れません。
クラシックの曲でも、リードシートに置き替えて"それっぽく"弾くことができます。クラシックの先生からはおこられそうですが、例えば次の様な感じです。

原曲(トロイメライ)

リードシート
 上が、皆さんよくご存知のトロイメライの二段譜、下がリードシートに書き替えたもの。こんなにシンプルになります。このリードシートでも、原曲とほとんど同じような感じに聞こえるように弾くことができるし、勝手にアレンジして自己流トロイメライにしてしまうことも可能です。(但し、これはあくまでも2種類の楽譜と奏法の違いを説明するための例えばの例なので、正式な楽譜の簡易版がリードシートという意味ではありません。それぞれの表記と奏法は、全く別の価値感による、別の次元の音楽と考えたほうがいいかも知れません)(続く)
−an 弾手−
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