Vol.32 続・一本の木[2007.10.29]
 月日の経つ早さを感じさせるものの一つ、NHK連続テレビ小説。いま、ヒロインは女将修行をしていた夏見ちゃんから、いずれ落語家修行をするらしいビーコこと喜代美ちゃんへ。魅力的な女性が次から次に登場し、時間は容赦なく、確実に刻まれていることを実感させられます。

 ところで、夏美ちゃんの「どんど晴れ」でオープニングを飾り、ドラマの重要な役回りを担っていたのが“一本桜”でした。岩手山を背景にあまりにも端正な佇まいだったので、当初、CGで創った桜かと賢しらな見方をしていたのですが、以下のリンク先にもあるように現実の風景でした。「私、あの一本桜のようになりたい。つらい時や苦しい時、見上げればいつでも笑顔になれる、柾樹さんにとってのそんな桜でいたい」な〜んて、愛を告白する夏美ちゃんの初々しい姿に、このおばさんも胸をときめかせておりました。
 ▼小岩井農場の一本桜
 http://www.koiwai.co.jp/makiba/sakura/

 愛にちなむ一本の木と言えば、映画「愛染かつら」のカツラ(桂の木)など、その大先輩でしょうか。「花も嵐も踏み越えて」で始まる主題歌でも有名な、すれ違いメロドラマの古典です。原作者の小説家・川口松太郎さんは、長野県の別所温泉にあるお寺(北向観音を祀る常楽寺といい、境内には愛染堂もあるとか)のカツラの古木に着想を得て創作したそうです。「このカツラの木は、思う人同士が共に愛を誓えば、どんなことがあっても末は必ず結ばれて幸せが来るところから、愛染かつらと呼ばれている。私と一緒に誓いを立ててください」と、医師の津村浩三は看護婦の高石かつ枝に声をかけ、誓い合ったのでした。

 大阪の古刹、愛染堂勝鬘院(しょうまんいん)にも、立派なカツラの古木とこの映画にちなむ少し若いカツラがあります。同寺は聖徳太子が四天王寺と共に建立した日本最初の社会福祉施設である四箇院の一つ、施薬院(その他は、敬田院、療病院、悲田院)があった場所にあり、“縁結びの愛染さん”として親しまれています。映画「愛染かつら」といえば田中絹代&上原謙のコンビで有名ですが、ほかにもいくつかのコンビで映画化されており、愛染堂勝鬘院の若い方のカツラは、岡田茉莉子&吉田輝男バージョンの吉田さんが植えたものだそうです。
 ▼愛染堂勝鬘院「境内のご案内」のページから
 http://www.aizendo.com/keidai.htm#katura

 愛染さんこと愛染明王は、愛の守護神。といっても深遠なる使命を担った明王(大日如来の使者)のお一人。これを祀る寺院は、大阪の愛染堂勝鬘院のほかにもいろいろあります。ネットでリサーチすると熊本市内にも愛染院があるようですが、ここにもひょっとしたらカツラの木があるのでしょうか?

 さて、愛にちなむ木で、私が知った最新のものは、あのジョン・レノンとオノ・ヨーコの木。ジョンは、自宅のそばのセントラルパークで大きな緑陰を広げる菩提樹が好きだったとか。彼女との永遠の愛を歌った最後の楽曲「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」の歌詞に、その菩提樹をモチーフに「僕と一緒に年を重ねよう 一つの木から伸びる二つの枝のように」と綴っているそうです。まさに「連理の枝」。中国古典に発し、日本でも夫婦や男女の仲睦まじい様子のたとえに使われる言葉ですが、年を経た一本の樹木は西洋人のジョンの感性も震わせていたのですね。

 連理の枝の根っこは一つ。深く大地に根を張る、揺るぎなき存在です。大人気だった韓国四季シリーズドラマのうち、あの「冬のソナタ」に先立って放映された「秋の童話」で、ヒロインのウンソは「生まれ変わったら、私は木になりたい」と言いました。運命に翻弄され、心を寄せる人とも突然引き裂かれた彼女にとって、木は「一度根を張ると二度と動かない。二度と誰とも離れない」という、揺るがぬ愛と人生の象徴だったのです。(うぅ〜、思い出しただけで泣けてくる。あまりにも情緒のツボを押さえた“涙腺攻め上手”の韓国ドラマ。その手にかかってばかりは癪だと思い、私は「冬のソナタ」は観るのを止めました。)

 「根っこを持たない人間は、地上をうろつき回るだけで、短い生を終える」とは詩人の新川和江さんの言葉。木の遥けき生に畏敬の念を覚えながらも、人間の短い生への愛おしさも、ひとしお感じるこの頃です。