第651回 「転んでもタダでは起きない? イメージの中で階名を意識する」 [2017.7.25]
 前回(先週)のコラムは自分の体調ネタで失礼しました。お気遣いのメッセージを送って頂いた方もいらっしゃって、感謝(恐縮)です。お蔭さまで、もうだいぶ治まっております。

 ところで、その時に前々回(第649回)のコラムを引き合いに出して『実はピアノの鍵盤に直接触れないでピアノの演奏感覚を体感できる方法として、このところ自分で効果を確認したところでした』と書いていましたが、今回もちょっとその続きです。第649回に掲載している楽譜「ほほにかかる涙」を参考に考えてみます。

 その時に書いたのは、コード進行だけのメモを見ながら、そこにイメージの中でメロディーを重ねていく、という方法でした。
 自分では当たり前になっていたのであまり意識していなかったのですが、改めて思い直してみると、そんな時、自分の中ではメロディーに合わせて「階名」を意識していることにも気が付きました。
 たとえば、リードシートでAメロの最初の4小節を見てみると



  この部分のコード進行
 C/Am/Em/F
 に対して、メロディーの階名は
 ソ ド / ド レ ミ ソ ド レ / ミ シ / ド ラ ファ ソ ラド
 ですね。

 自分が頭の中でメロディーを歌っている時、同時にこの階名も意識していることに気が付いたんです。
 今さら当たり前の事ではありますが、メロディーラインをちゃんと階名で意識するという事、とても重要です。これを意識しているかどうかで音の捉え方が随分変わってくると思います。
 そして、この階名を(頭の中で)言いながらメロディーを歌ってみると、頭の中にピアノの鍵盤のイメージも浮かんできて、どの鍵盤を弾いているのかも見えてきます。
 という事は……つまり、鍵盤に触っていなくても、実際に弾いているのに近い感覚が味わえる、という訳です。
 こうして階名と鍵盤がイメージの中で見えると、その部分のコードとの関係もはっきり見えてきます。
 例えば上の例では、「ミ シ ⇔ Em」とか「ド ラ ファ ソ ラ ド ⇔ F」とか、まさにコードを弾いている感覚ですね。 
 他にも、最初の「ソ ド」はもちろんコードCのイメージ。その後に続く「ド レ ミ ソ ド レ」も、階名だけ見るとコードCっぽいですが、そこに乗っているのはコードAm。コードCの代理コードですね。ここで2小節コードCが続くより、コードがAmに変わることでグッと雰囲気が出ますね。
 そんな事も、メロディーを階名で歌ってみることではっきり意識出来そうです。

 メロディーを頭の中で階名で歌う習慣が付いていると、テレビやラジオから流れてくる他の曲を聞いた時もそのメロディーの階名が浮かぶようになります。するといわゆる耳コピーも割と簡単に出来るようになります。
 但し、私の場合、絶対音感はありませんので、意識するのはあくまでも「移動ド」による階名です。どんなKeyの曲でも、とりあえずメジャーだったらKey=C、マイナーだったらKey=Amで意識しますが、それでも後でピアノで再現してみて音域が不自然だったら丁度いい音域のKeyに移調すれば済みます。

 以上のような事、考えてみると自分の中ではこれまで無意識にやっていた事でした。今回、体調不良で長期間ピアノに触れなかった代わりに、楽譜(コード進行)を見ながら弾いている気分を楽しんでいるうちに改めて意識する事が出来ました。
 ま、転んでもタダでは起きない?(笑)

 次回(来週)もこの続きで、耳コピーする時の階名のイメージの仕方について書いてみようかと思います。



(続く→原則毎週火曜日更新)

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ちょっと、ひと言。

 気が付けば。このコラムの次回(来週)の更新はもう8月なんですね。早っ!
 猛暑に豪雨。日本列島異常が続いてますね。これが地球の現実だと言ってしまえばそれまでかも知れませんが。
 おととい日曜日、NHK・TVの番組で「列島誕生ジオ・ジャパン 奇跡の島はこうして生まれた」というのを見ました。3,000万年前には陸地もなかった所に、どうやって日本列島が誕生したのか、という番組。そんな地球の壮大なドラマを見ていると、私たちが生きている今この瞬間も、刻々変化し続けている地球の姿のほんの一瞬で、数千万年先には地球上(世界中)の陸地の形も(当然、国境なども。そもそも人類が存続しているのかも?)今とはすっかり変わっているのかも、なんて思えてきます。
 そう思うと、今の異常気象なんて可愛いものかも。

 
−an 弾手−

第652回 「耳コピーのやり方・入門編」 [2017.8.1]
 前回(先週)のコラムで、耳コピーについてちょっとだけ触れていました。
 「メロディーを頭の中で階名で歌う習慣が付いていると、テレビやラジオから流れてくる他の曲を聞いた時もそのメロディーの階名が浮かぶようになります。するといわゆる耳コピーも割と簡単に出来るようになります」と。
 今回はその具体的な方法です。

 この「メロディーを頭の中で階名で歌う」ということ、考えてみたら、これまで自分では無意識のうちにやっていたようなんですが、今回、体調不良で指も痛くて長期間ピアノに触れられなくて、しょうがなくコード進行メモを見ながら頭の中でバーチャルピアノをやったりしているうちに、これまで自分がどんな事を意識しながら曲の旋律をイメージしていたかに思いがけず気付くことが出来たのでした。

 曲を聴きながら、その旋律を階名(ド、レ、ミ〜)で意識してみるといい事がたくさんあるようです。脳内バーチャルピアノで鍵盤のどこを弾いているかが何となく見えてきますし、コード進行のイメージも何となく湧いてきて、割と簡単に耳コピーが出来るようになります。
 では、耳に聴こえる旋律をどんな風に意識したら階名で聴き取れるのか、私なりに気付いたことを書いてみますね。もちろん「そんなこと今さら言われなくても分かってる!」とか、「もっといい方法がある」とか思われる方もいらっしゃるかもですが、ここに書くのはあくまでも私個人の感想です(健康食品のCMの注釈みたいですが:笑)。

@まず最低限、「ドレミファソラシド〜」と言いながらその音階をイメージできることは必要です(ま、当たり前ですが)。そしてそれぞれの音の並びの間隔が分かること。
つまり、ド⇔レ⇔ミの間隔はそれぞれ全音、ファ⇔ソ⇔ラ⇔シもそれぞれ全音、ミ⇔ファ、シ⇔ドは半音、ということですね。

A次に、とりあえず曲のKey(調)は無視し、移動ドでどんな曲でもKey=C(ハ長調)、又はKey=Am(イ単調)と思って聴きます。

Bこの時、なかなかすぐには階名が浮かばないかも知れませんが、メロディーの流れの中で、どの音がどんな感じに聴こえるかを意識します。
 1.曲の中で安定した響きを感じる音→「ド」か「ミ」か「ソ」の可能性が高い。
 2.曲の中で少し浮いた(落ち着かない?)感じの音→「レ」か「ラ」の可能性が高い。
 3.半音っぽい響きを感じる音→「ファ」か「シ」の可能性が高い。

C上記のようにして3つの階名グループのどれかを感じたら、とりあえずその音にその階名を当てはめ、それを基準に、その後に続くメロディーの階名を当てはめてみる。

Dその後に続くメロディーの音の流れがうまく「ドレミファソラシド」の音階に馴染まなかったら、再度、曲の流れの中で出てくる同じ音に上記グループ内の別の候補を当てはめて、それ以降のメロディーの階名を追ってみる。

E曲の流れの中で以上を何回か試してみると、ピッタリ合う階名が見つかる可能性が高い。

Fメロディーと階名がうまく一致した流れになったと思ったのに、所々で部分的に合わない半音の音が出てくる時は、そこだけ臨時記号で半音上がったり下がったりしている場合もあるので、あまり気にしない。

 日常生活の中で、テレビを観ながら、あるいは車の中でカーラジオを聴きながら、流れてくる音楽やBGMのメロディーに対して上に書いたことを試してみてください。
 映画館でドラマの背景に流れてくる素敵な主題曲なども、暗い館内で階名を意識しながら観ていると、家に帰ってから自宅のピアノで今観てきた映画の主題曲のメロディーを再現することも可能になります。
 もちろん、こうやって聴き取った階名はとりあえずKey=Cか又はKey=Amになっていますので、ピアノで弾いてみて音域が不自然(高過ぎ、低過ぎ)の時は丁度いい音域になるようにそっくり移調すればOKです。
 耳コピーしたメロディーにコードを当てはめていく方法は、またそのうちに改めて。



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ちょっと、ひと言。

 わ〜、遂に8月になりましたね〜。早いこと!
 朝から庭ではセミの大合唱がスゴイです。大声で競い合っています。ところが午後の昼下がりになると、一転、庭は静まり返って。ふと見たら。木の枝にセミがじっと止まっています。あ、あそこにも! あ、こっちの枝にも! ちょっと見えるだけでも20匹以上はいるかな。朝からあんなに大声で鳴き競っていたのに、暑い午後はシーンと木陰でお昼寝ですか?
 うだる様な午後の時間が、静かに過ぎていきます。

 
−an 弾手−

第653回 「私も見習わなければ」 [2017.8.7]
 ビックリ! 見違えるようなステージでした。
 何年振りだろう、この女性ヴォーカリストの歌を聴くのは。
 久し振りに足を運んだライブハウス。ピアノの伴奏に乗せて女性ヴォーカリストの歌が流れていきます。

 彼女の歌、以前は度々聴く機会がありましたが、このところすっかりご無沙汰していました。私が夜の街に出る機会が少なくなったこともありますが、彼女自身、ステージ活動をかなりお休みしていたらしい。
 プロのヴォーカリストじゃなくて、本業は別に持ちながら趣味でジャズヴォーカルをやっている人です。レッスンを受けているジャズピアノの先生から、ステージに出るように随分言われていたらしいのですが、最近はそんな気になれずにいたそうです。
 特に昨年の熊本地震の後は職場も大変で、とても趣味の音楽をやる気分ではなかったと、後で聞きました。

 それが今回、私が何にビックリしたのかと言うと。
 耳に聴こえる歌も勿論ですが、それより目に見えるステージパフォーマンスです。
 実はこの人のステージの話、随分以前にこのan弾手コラムに書いていました。バックナンバー第390回「私は女優?」。日付を見たら2012年3月13日。もう5年以上も前ですね。そこで私はこんな事を書いていました。

 『彼女、恋の歌を一曲終わってMCに入ると、とたんに素に戻るんですよ。見た目はとても女性的で綺麗で清楚なんですが、口を開くと突然男っぽい口調!それもちょっと照れながらの普段着トークになってしまうんです』と。
 それに対して彼女、
 『あっ、やっぱりそうですか。それって10年前に歌のレッスンを始めた頃にも当時の先生に同じようなこと言われたんですよ。それに、最近プロフィール用の写真を撮ってもらったカメラマンには『あなた、しゃべったらイメージ壊れるから黙ってなさい』って。でもこれが本来の自分だから。それを無理に変えて見せるのも何だか騙してるみたいな気がして』

 ところが、数年振りに観た彼女のステージ、全く別人でした。
歌いながらの表情、視線、身振り手振り、そして歌い終わった後MCに入った時の雰囲気、すっかり『私は女優』になっていました。
 「あれから随分練習したんでしょ?」と聞いたら
 「いえ、すっかり音楽から遠ざかっていてなかなか練習も出来なくて」
 という返事でしたが、この変貌は練習無しでは無理でしょ。それとも意識の変化? いずれにしても素晴らしいと思いました。

 コラム第390回「私は女優?」で私はこんなことも書いていました。
 『考えてみれば、これって何もステージに限ったことではないような気がします。かっこよく言えば『セルフ・ブランディング?』。なりたい自分、こうありたいという理想の自分の姿をしっかりと思い描いて、そうなるように努力する。時には既にそうなってしまったかの様に自分を信じ込ませて振舞ってみる。他人からこう見てほしい、という自分に自分を変えていく。それはビジネスの世界でも結構大切なことかも知れません』と。

 私もそんな思いから、その後セルフ・プロデュース・ライブSweet Piano Nightを企画してこれまで3回開催したのですが、このところちょっと間が空いてしまってます。
 あらためて、私も見習わなければと思ったその夜のライブでした。



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 立秋の今日、8月7日。まだまだ猛暑の中、台風5号がやって来ました。ノロノロと南から九州方面へ。進路周辺の各地では大変な状況になっている様子が、このところテレビのニュースでもずっと流れていました。昨日から今日に掛けては、鹿児島、宮崎、大分をかすめて四国に上陸、関西方面に向かっている様です。熊本では昨日、一時風や雨が強くなりましたが、その後おさまってきました。これからまだ進路にあたる地域の方はどうかお気を付けください。
 ところで、このコラム、通常は毎週火曜更新なのですが、今週は都合により、今日・月曜日に更新させて頂きました。最後まで読んで頂きありがとうございます。

 
−an 弾手−

第654回 「コロコロ変わる?」 [2017.8.15]
 ピアノ(あるいは他の楽器でも)を弾いていて、途中で間違ったり、思わずその先が分からなくなったりする事ありませんか? 楽譜を見ながらその通りになぞっているならまだしも、暗譜で弾いている時はフッとその先が飛んでしまって真っ白になる事ってありますよね。

 そんな時、思わず指が止まってしまって、少し前からもう一度楽譜通りに弾き直そうとしがちですが、それをやるとその瞬間、聴いている人から「ヘタクソ」と思われてしまいます。そうじゃなくて、テンポを変えず、曲の流れを止めずに何とか音を出し続けて本来の曲の流れに戻っていくのが理想です。
 そのためには、単に『楽譜通りに弾こう』とするのではなく、本来自分が演奏したかった曲の世界をしっかりと意識しつつ、臨機応変にアドリブ(?)を交えながらでも曲の流れを作っていく事が必要ではないでしょうか。
こう書くと、とても難しそうに感じるかも知れませんが、それをしっかり意識しているのとしていないのでは大きな差があるような気がします。

 ……と、ここでちょっと話が飛びますが。
 実は、私は小さな会社を経営しています。音楽とは関係ない業種ですが。「経営」なんて何にも分からないままに起業した数十年前。これじゃマズイと思って、ある経営コンサルタントの先生の経営セミナーに通いました。その時学んだ事が今の経営の基盤になっています。そのセミナーには全国から沢山の社長さんが参加していて、そこで社長さん同士の繋がりも出来、仕事の依頼を頂くこともありました。
 そんな社長さんの一人と話をしていて印象に残った面白い(?)言葉があります。それがこれ。

 「コロコロ変わる」

 社員と一緒に様々な計画を立て実行している中で、ある日、具体的な行動に対してその社長が社員に
 「それはもっとこうした方がいいだろ」と言ったら、社員から帰ってきた言葉は
 「でも社長、最初の計画では、こうするって決めてましたよ」
 その時の社長の次の言葉がこれ。
 「経営って、コロコロ変わるんだよ! 朝令暮改が当たり前だ」

 「コロコロ変わる」って無責任の様にも聞こえますが、よく考えてみると意味の深い言葉にも思えてきます。
 経営に限りませんが、何かに成功するには当然そのための行動計画が必要です。でも、その行動計画は一度立てたら何が何でもその通りに実行するのではなく、成功のポイントは実は「柔軟性」にあるんですね。
 周りの状況は常に変化しているし、思わぬアクシデントも起こりうる。その時、単に最初に立てた「計画」をその通りにやろうとするのではなく、最終的な目的達成のためにはその計画を臨機応変に変える柔軟性も必要、ってことですよね。

 ……長々とお待たせしました(笑)、ここでまた最初のピアノ演奏の話に戻ります〜。
 楽譜の音符通りに演奏する、というのは最終目的でしょうか? いえ、それは目的というより手段(行動計画)ではないかという気がするんです。
 じゃ、本当の目的は? そうですね、その曲の世界を自分のピアノで表現する事? 聴いている人達と一緒に、曲のドラマを紡ぎ、共有する事?
 いずれにせよ、楽譜はそのための手段では? もし、演奏の途中でアクシデントに見舞われたら、楽譜(当初の計画)に固執するより、「コロコロ変わる」柔軟性で曲の世界を壊さずにドラマを先に進めていくことの方が、ずっと大切ではないでしょうか。

 もちろん、それってなかなか難しいことかも知れませんが、まずは出来ることから少しずつでも。
 日頃からそう意識しているのといないのでは、大きな違いがあるような気がします。



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ちょっと、ひと言。

 今日は8月15日、お盆ですね。それと終戦記念日。今年は8月11日が山の日で祭日だったので、私は少し早目の夏休みを取って今日は普通に仕事です。皆さま、今年のお盆休みはいかがでしたでしょうか。
 今夜は山鹿の灯篭まつりですね。山鹿灯篭まつりには数年前に行きましたが街中が大賑わいでした。今年は行けませんが、楽しく賑わったらいいなぁと思います。ちょっと雨が心配ですが。

 
−an 弾手−

第655回 「5つの音で遊ぶ即興演奏?」 [2017.8.22]
 日頃ピアノを弾いている時、その曲のメロディー以外にフレーズの途中やエンディング等で、ほとんど意識せずに弾いている音階があるのに気付きました。特にスケールがどうとか、コードがどうとか難しい事は考えず、適当に弾いても何となくそれらしくハマってしまう音。
 そんな音があれば便利だと思いませんか。もちろん、そんなのとっくに使ってる、という人もいらっしゃるでしょうが。

 私が便利にしているものの一つが、ド、レ、ミ、ソ、ラ という音階です。
 ド、レ、ミ の次のファを飛ばしてソ、ラ。その上のシも飛ばしてまたドになります。この音階、結構色々なコードの時に弾いても、それなりにおさまる事が多いです。と言うか、その時のコードに対して、この5つの音が様々なテンションノートになって、勝手にお洒落な響きになったりします。
 Key=C以外の時は、そのKeyのスケール(音階)の最初の音をドと読んで(移動ド)ド、レ、ミ、ソ、ラ にあたる音を弾けば、あとは同じです。

 通常の、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、という音階では、この中の音を適当に弾くと前後のメロディーと雰囲気がうまく合わなかったりしますが、ド、レ、ミ、ソ、ラ、だと、この中のどの音を適当に組み合わせて弾いても、とくに違和感はありません。

 その究極がピアノの黒鍵だけ弾く、という弾き方です。
 黒鍵って、2個と3個がまとまって並んでますよね。この3個並びの一番左の黒鍵をド、とすると、黒鍵の並びは ド、レ、ミ、ソ、ラ、という並びになっています。
 ここではド、レ、ミ〜とか意識する必要はなく、左手も右手も全て黒鍵だけにして文字通り適当に弾いてみてください。
 バラバラに弾いてもいいし、いくつかの音を和音として同時に弾いてもいいし、左手、右手、どんなに適当に弾いても、何だかそれらしい雰囲気のお洒落な即興曲(?)に聴こえたりします。これも、ド、レ、ミ、ソ、ラ という音階になっているので。

 この音階、音楽理論ではペンタトニックスケールと呼ばれています。
 ペンタ、つまり5つの音のスケール、っていう意味です。アメリカ国防総省の5角形の本庁舎もペンタゴンって言いますよね。あ、特に関係はありませんが(笑)

 ピアノのあるお洒落な空間に出会ったとします。そんな時、「ちょっと触ってみてもいいですか?」とか言える機会があったら……。ちょっと音を出してみるだけだったら……。
 「えっと〜、今、急に弾ける曲何かあったっけ?」と考えなくても、この黒鍵だけの即興演奏をしてみてはいかがでしょう。聴いている人は、「えっ? いきなりこんな即興でこんなお洒落に弾けるなんてスゴイ!」と思われるかも。弾いている方は、ただ黒鍵を適当に弾いているだけなんですけど(笑)
 ついでに、この黒鍵だけによる「即興演奏?」、最後はどうやって終わるか?
 この黒鍵だけの即興(テキトウ?)演奏は、Key=F♯(G♭)のペンタトニックスケールを弾いていることになるので、例えば最後に半音下げてKey=Fの通常のド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、のスケール(Key=Fのダイアトニックスケール)にすると、その瞬間、半音転調した雰囲気になってちょっとゴージャスな雰囲気で終われますよ。



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ちょっと、ひと言。

 ついこの前まで、庭のセミの声がワッシ!ワッシ!ワッシ!と騒々しかったのですが。いつの間にか、ツクツクホ〜シ!ツクツクホ〜シ!と、ちょっと静かになったような気がします。
 先日、家の近くの里山を歩いていたら、足元にイガ栗の実が落ちていました。
 お盆を過ぎたら、いつの間にか秋の気配が忍び寄って来ているようです。

 
−an 弾手−

第656回 「フワッと宙に浮く?ホールトーンスケール」 [2017.8.29]
 前回のコラムでペンタトニックスケールのことを書きましたので、ついでじゃないですが、今回はホールトーンスケールについてちょっと触れてみようかと思います。
 まあ、正式な音楽理論的解説じゃなくて、簡単に鍵盤を触ってみる、程度の話しですが。

 ホールトーンスケールとは、簡単に言うと隣同士の音が全て全音で並んでいる音階です。ピアノの鍵盤では、まず白鍵のドを弾いたら、そのまま上に白鍵のレ、ミを弾いて、次はファじゃなくて黒鍵のファ♯、ソ♯、ラ♯、そして1オクターブ上の白鍵のドになります。
 あと一つ、スタートの音を黒鍵のド♯から始めると、その上のレ♯、そして白鍵のファ、ソ、ラ、シ、そして1オクターブ上の黒鍵のド♯です。
 音の並びとしてはこの2種類しかありません。あとは、どの音から始めるかによってKeyが変わるだけです。

 実際に鍵盤で弾いてみると、フワッと宙に浮くような、何とも不思議な響きです。
 この響きが使われている耳覚えのある曲としては、鉄腕アトムのイントロとか、Take the A trainのイントロとかがあります。
 私は日頃、特に自分がピアノを弾く時にこのホールトーンスケールを使いこなしているって訳ではありませんが、ドミナントセブンス(Key=CならコードG7)の時に使いやすいらしいので、少し意識して試してみようかと思います。

 曲の途中でない部分での、このホールトーンスケールの使い道として私が重宝しているのは、朗読やMCのバックなどで弾くBGM演奏の時です。
 遠くの高い空を見上げるシーンや、深い谷底にフワリと落ちていくイメージなど、それもあまり深刻じゃなくちょっとファンタジックな雰囲気のシーンには、このホールトーンスケールのフワッと宙に浮いたような響きがうまく合うような気がします。

 このコラムでは、バックナンバー第370回「an弾手がライブ出演?語りライブ『夢十夜』の一夜」の一連の記事にも書いていますが、夏目漱石の『夢十夜』の朗読のバックでピアノを弾かせてもらった時にも使いました。
 墓の傍らに座って百年待っていてください、と言い残して死んだ女の言葉通り
 『……そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定《かんじょう》した。しばらくするとまた唐紅《からくれない》の天道《てんとう》がのそりと上《のぼ》って来た。そうして黙って沈んでしまった。二つとまた勘定した……』
 という場面のバックで、このホールトーンスケールを使ってみました。まあ、雰囲気は出たかな、と思っています。
 単音で弾くだけじゃなく、このスケールの中の白鍵と黒鍵の音を同時に弾いても不思議な浮いたような不協和音になって、夢の中で『ポ〜ン、ポ〜ン』と雫の音が響いているような、面白い効果が出せます。



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 さて、暑い暑いと言いながらも、あっという間に過ぎて行った夏。8月も今週で終わりですね。
 迷走台風、大雨、このところの異常(?)気象はまだまだ続くのでしょうか。と言うか、これはまだ序の口で、これから地球はどんどん異常になっていくのかも? もっとも地球の歴史からしたらこんなもの日常茶飯事で、大陸の沈没やら隆起やら氷河期やら、人間なんて及びもつかないことがこれまで繰り返されてきたのでしょうけどね。
 それでも今、この瞬間に生きる人間としては、今出来ることにしっかり取り組んでいくことが必要なのではないでしょうか。
 ……って、何だか大げさな話になってしまいましたがぁ。

 
−an 弾手−

第657回 「ガッテン! 妄想ピアノ」 [2017.9.5]
 そうだったのかぁ〜! 私にとって新しい発見でした。

 このところ、ちょっと体調不良と手足の痛み等で鍵盤に触れない日がかなり続いたりしていまして(すみません、今はもうだいぶ回復しました)。それまでほぼ毎日、短時間でもピアノに触れて指の感覚を忘れないようにしていたのに。こんなに間が空いたら、指、動かなくなるんじゃ?と心配しつつ。先日久し振りにピアノ弾いてみたら……。あれ? 思ったより指ちゃんと動くじゃん? コードでパラパラパラ〜ッと駆け上がる「華麗なるアルペジオ」もそれなりにスムーズに走れてるし〜。
 と、嬉しい誤算。多少半信半疑でもあったのですが。

 で、先週水曜日(8月30日)の夜、NHKテレビの「ガッテン!」という番組を何気なく観ていたら。なるほど、そういうことか!と、勝手に「ガッテン」してしまいました。

 もちろん、その日の番組のテーマはピアノとは関係なかったのですが。
 高齢者や、また最近では子供たちの間でも問題になっているらしい運動能力の低下を解決する方法。
 私達が運動する時、手足を動かそうと脳が考えると、運動神経を通って筋肉に指令が伝わる。脳が「発電所」、運動神経が「通電線」。この通電がうまくいかないと指令がきちんと伝わらない。
 アメリカの大学の実験で、腕から指先までギプスで硬く固定した複数の学生をA、B、二グループに分け、グループAはそのまま5週間経ってから指で物を掴む筋力を測定したら大きく低下していました(当然?)。一方、グループBも同じく指が固定されていたのに、5週間のうち毎日10分間だけ指を動かす「イメージトレーニング」を続けたら、筋力の低下がグループAより大幅に少なかったそうです。

 そういえば、自分が指が痛くてピアノに触れられなかった時、しょうがないなぁと思って、これまで弾いたことがある曲の楽譜(リード・シート、もしくはコード進行だけのメモ)を見ながら、よく頭の中でバーチャル・ピアノ演奏?をしてたっけ。実際に指は動かさなくても、イメージの中で鍵盤を思い浮かべ、どことどこの鍵盤をどの指でどんな風に弾いている、という妄想を広げて楽しんだりしていました。そうすると、曲のメロディーやコードのイメージも湧いてきて、暗譜にも繋がるみたいだし。
 自分では、単なる妄想遊びのつもりでしたが、もしかしたら、これって脳から指先への「ピアノ演奏運動神経」を鍛えることにもなっていたのかも? な〜んて思ってしまいました。

 これならピアノの前にいなくても、日常の色んな場所で、いつでもピアノの練習が出来そうですね。

 あ、もちろん番組ではピアノ演奏のことなんかには触れてなくて、「くねくね体操」や「がにがに体操」など、神経を上手に刺激するエクササイズの紹介でしたが。
 でも、それを見て思った私の拡大解釈・妄想ピアノ・エクササイズも、あながち見当違いでもないかな?と、勝手に「ガッテン」してしまったのでした。



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 9月に入り、朝夕は一気に秋らしくなってきました。日中の陽射しはまだまだ暑いですが、ちょっと日陰に入ると爽やかな風を感じたりします。
 ところで、1週間前は仕事がらみで京都へ、一昨日の日曜日はプライベートで阿蘇まで行ってきました。どちらも、まだ目に入る緑は夏と変わりませんが、京都・貴船の川床、阿蘇・白川水源の澄み切った湧水、南阿蘇・田園地帯の色付き頭を垂れた稲穂の風景など、秋の気配を一杯味わってきました。
 夏が過ぎ、また新しい季節の始まりです。

 
−an 弾手−

第658回 「7割・3割の法則」 [2017.9.12]
 「ステージに立って歌う時、100%自分の歌に集中してはいけないって、私は生徒さんに言うんですよ」

 先日、夜の酒場でプロのオペラ歌手の人と話をしていて耳に留まった言葉です。その人は年間数多くのステージをこなす傍ら、生徒さんも持ってご指導されているらしい。
 「ステージに立つ時、自分の歌の事を考えるのは7割。あとの3割は、周りの人や聴いているお客さんの事を意識しながら、空の上から歌っている自分の姿やその場の空気を眺めるんですよ」
 なるほど〜、幽体離脱か。

 そういえばピアノでも、時々100%ピアノと格闘しているような人を見ることがあります。確かに指もよく動いているしミスタッチもないし、すごく上手だなぁとは思うけど、何となく違和感が…… だから何? って感じ。
 思わず、「器械体操の演技を見てるんじゃないんだから」って言いたくなりそう。

 音楽の演奏って、「楽譜通りに正確に弾きこなす」ことじゃなくて、その曲に秘められた色んなドラマや物語や、人の悲しみ、喜びの想いを、その場その場の空気の中で歌いあげることなのかなぁ、な〜んて思ったりして。

 そんなことを思っていたら、拙著「大人のピアノ入門」(講談社+α文庫)に書いている自分の文章を思い出しました。その本の中の『体験的ピアノ練習法』の章の最後に、人前で弾く時の心構えとして『ピアノと格闘しない』ということを書いてましたっけ。

 『誤解を恐れずに言うならば、人前では「一生懸命に弾いてはいけない」ということです。弾き手が一生懸命になっている時、弾き手の意識は曲とピアノに向いています。自分の世界にこもってしまって、お客さんのことを忘れています。(中略)お客さんはこういうことはすぐ見抜きます。どんなにすばらしいテクニックで弾き通しても、気持ちがお客さんのほうに向いていないと、伝わってくるものがありません。
 一生懸命は練習の時だけにして、こういう場では曲の情感をピアノを通してお客さんに届けようと意識することです。何だか抽象的ですが、その差は大きいと思っています』と。

 私にとってオペラの世界は全く異次元の世界でしたが、プロの歌手の人と話をしていたら、どちらも同じ音楽の世界なんだなぁ、という気がしてきました。

 7割・3割の法則、まあ、言うは易く、実行するのはなかなか難しいかもですが、これからもそんな事を意識しながら音楽を楽しんでいけたらいいなぁ、と思ったその夜のことでした。



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 皆さん、最近クジラ料理って食べたことありますか? 私が小さな頃は学校の給食ではクジラが定番でしたし、家でも冷蔵庫の中にはいつもクジラの冷凍肉が入っていて、食卓に登場してましたっけ。戦後の日本人の食料(栄養)事情を支えた大きな力のひとつがクジラだったとか。最近では世界的な捕鯨禁止の動きの中、日頃クジラ料理なんてほとんど目にしなくなりましたが。
 そんな中、先日は「第19回・鯨料理を楽しむ会」というのに出席してきました。日本の伝統的なクジラ食文化を守っていこうという熱い思いの人達が中心になって、もう19年も続いています。次々にバラエティー豊かなクジラ料理のフルコースがテーブルに並んで、お腹一杯堪能してきました。クジラの握り寿司もなかなか美味しいですよ。

 
−an 弾手−

第659回 「読者の方からのご質問・左手の指使いについて」 [2017.9.19]
 先日、70代の読者の方からご質問を頂きました。私が自分の本に書いている、コード奏法における左手パターンの指使いに関してです。 拙著「お父さんのためのピアノ教室」と、その併用曲集「コードで弾く憧れの洋楽スタンダード」(どちらもドレミ楽譜出版社刊)をお使いとのことでした。
その本の中で、私はコード奏法における左手のパターンを大きく3つに分けて解説しています。

  例えば、「その@ 8度のパターン」
 これは左手の小指と親指を1オクターブに開いてコードのルート(小指・1度=ド、親指・8度=1オクターブ上のド)に置き、人差し指を5度=ソ、に置く、というものです。簡単な左手伴奏はこれだけでもかなり出来ます。



 次は「そのA 10度のパターン」
 これはその@に加えてさらにその上の10度の音(コードの3度の音)まで弾き、左手伴奏の音の深みを出す(メジャー、マイナーを弾き分ける)パターンです。
 つまり、
 小指・1度=ド、人差し指・5度=ソ、親指・8度=1オクターブ上のド、プラスその上のミ(10度)も親指で弾くというもの。



 さらに「そのB 2オクターブのパターン」
 これは、2オクターブのコードアルペジオで、1度、5度、8度、10度、12度、15度(2オクターブ)を連続して弾こう、というパターンです。



 ご質問は、そのAのパターンの左手の指使いに関してでした。
 このパターンでは8度と10度を同じ親指で弾くように書いています。この時、本の中で『5度の人差し指を軽く鍵盤に触れたままにしておくと、親指で10度を弾いた後、再度8度に戻す時にいちいち左手を見なくても楽にできますよ』と解説していましたが、ご質問では「左手の人差し指を鍵盤に触れたまま親指を10度に持っていくのは左手が広がらなくて難しい。そのBの様に、10度を中指で弾いたらいけないか」という事でした。

  はい、そのBのパターンではもちろん10度は中指で弾いた方がスムーズで、そのまま12度(人差し指)、15度(親指)と上がっていきます。ところが、そのAのように10度まで弾いて、すぐまた8度に戻る場合は、一旦中指で10度を弾いてしまうと今度はそのまま8度に戻るのが難しくなりますし、更に曲によっては5度(人差し指)から8度を飛ばして10度を弾く、という様なバリエーションも考えられるので、そんな場合に中指で10度を弾くのは至難の技でしょう。
 例えば下の様なパターンです。



 ……っと、スミマセン、文章で書いてもなかなか分かりにくいかもですが。
 基本的な指使いは本に書いている通りにして、親指で10度を弾く時、指が開きにくかったら、無理に人差し指を5度に触れていなくてもいいですよ、とお答えしました。
 あるいは、5度の鍵盤に触れている左手の人差し指の先を支点にして、手首をグーッと右の方にズラす(回転させる)と、親指が右方向に動きやすいかもですね。

 ご質問ありがとうございました。また何か疑問点がありましたら、いつでもメール下さい。



(続く→原則毎週火曜日更新)

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ちょっと、ひと言。

 台風18号日本列島直撃!、って心配していましたが。皆さまの所はいかがでしたでしょうか。被災地の皆様にはお見舞い申し上げます。
 こちら熊本市では、17日(日)お昼前後に少し強い風と雨があった位で、夕方には収まって日が差してきました。
 で、台風一過の昨日、青空が広がっていたので、以前から話に聞いていた山鹿の番所棚田(日本棚田百選)に行ってみました。名物の彼岸花はまだ6〜7分咲きでしたが、それでも山あいの棚田を彩る幾重もの紅い帯が綺麗でした。
 稲穂が黄色く染まるにはもう少しみたいですが、いよいよ秋の訪れを感じさせる山里の風景を楽しんできました。

 
−an 弾手−

第660回 「彼岸会法要ライブにデビュー?」 [2017.9.26]
 先週末9月23日は彼岸の中日でしたね。我が家の法要をいつもお願いしているお寺さん、その日は彼岸会法要があるということで行ってきました。ひと月後には父の17回忌も控えているし。

 いつもの通り、本堂の中でご住職の読経があり、百万遍の数珠繰りがあり、その後説法を拝聴。その中で『極楽浄土の「浄」という字はどうしてサンズイに争うと書くの?』という小学生の質問の話があり、普段はそんなこと全く気にもしないことだけど、説明を聞いたら何となく納得?(ここでは詳しい話は省きますが〜)。
 そんなこんなで、その後はたくさんの参詣の人達と和気あいあいの雰囲気に。そしていつもの事ながら、お堂の中で第2部、生演奏ライブ?の始まりです〜。

 以前、このコラムでも書いたような気がしますが、こちらのご住職、趣味でクラリネットをされていて、本堂の中にはグランドピアノがあり、その横にクラリネット、サックス、トロンボーンがあり、今回はこれまで見なかったウクレレも数台並んでいました。
 演奏は、ご住職のクラリネットと檀家のお世話役のような年配の男性の方のヴァイオリンの伴奏に乗せて、まずはその場のみんなで「花は咲く」を合唱。その後は二人のデュオで「ある愛の歌」の演奏がありました。

 で、演奏の後はみんなで食事会。用意されたお弁当を頂いてからご住職に挨拶をしていたら、またまた言われました。
 「次の時は、ぜひ、ここで演奏してくださいよ!」
 ご住職には自宅にも何度も来て頂いて、我が家にグランドピアノがあり、壁には私が以前熊本県立劇場での「Kengeki@Live」に出演した時の写真入りポスターを貼っていたので、お会いする度に「ぜひ、うちの彼岸会の時にも弾いて下さいよ」と言われていたのでした。
その都度、曖昧なお返事しかしてなかったんですが、今回は思わず「私で良ければ」とお返事させて頂きました。お声掛け頂けるって、ありがたい事ですね。

 「では、次は春のお彼岸会ですね。近く打ち合わせをしましょう」と言われました。
 さてさて、あと半年ある、と思っていても、すぐ来てしまうんですよね。
 私に出来ること? お寺のお彼岸会にふさわしい内容? これからちょっとアイデアを練ってみたいと思います。



(続く→原則毎週火曜日更新)

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ちょっと、ひと言。

 今回のコラムは秋の彼岸会法要の話でしたが、さすがに一気に秋めいてきた気がします。ついこの前までは、朝、家を出る時から既に暑くて、車のクーラーもガンガン効かせながら走ってましたが、このところ外に出ると空気がヒンヤリしてますね。
 庭の小さな柿の木になっている実が、紅く色付いてきました。いつも見ている風景でも、毎日変化していく季節の彩に出会えるのが楽しみです。

 
−an 弾手−
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