第9回
 ハローワークへ足を運んだ。
 合うのではないかと思われる職種を画面からあれこれと検索してみるのだが、思うように見つける事が出来ずにいた。
 ここへ来るのが三度目の時だった。あの純ちゃんを見掛けた。背広姿で、前に会った時と違う雰囲気だけど、間違いなかった。
 階段を登って行くので
「あのー」
 あわてて声を掛けた。振り向いた顔はやっぱりそうだった。
 純ちゃんはしばらく間があったが、思い出してくれたらしく
「やあ」
 と言い
「仕事探してるんですか」
 と聞いた。だから
「ええ」
 と答え、名札を付けていたので見ると、戸田純一と書いてあった。
「いいのありましたか」
 元気な声だが、誰にでも言っているのだろう、目に心が籠っていない冷ややかな声でもあった。一点を見つめてもらえなかったわがままなお姫様のように、ふてくされた顔になってしまったが
「うーん、さーて、どうでしょう」
 すぐにおどけて見せた。からかったつもりだったがプロのピエロではないせいか、反応がないので
「あなたはここの方ですか」
 と話題を変えるしかなかった。
「はい、障害者の方を担当しています」
 そう言うと、その人は書類を抱え階段を登って行った。
 相手にしてもらえなかった恥ずかしさは足元に迄及び、その足で立ちすくんでいると、上へ登って行く時の足音は平坦な所を行く足音とは違うと気づかせてくれた。上へ登って行く時は祭りを見に行く時のように、赤い血は滾っていなければならない。冷めていたなら目的地へたどり着きはしない.平坦な所を行く時の足音は草原の草花や、そこを通るそよ風に出会う楽しみを持ちながらのものだろう。
 グレーの堅い階段を、祭りを見に行く時のように登って行く戸田純一の足音を聞きながら朝スッキリ目が覚めた時、一日の予定が次々に踊るように頭の中を駆け巡って、ベッドから思わず跳ね起きた時のような気持ちになった。そして、さっき迄の恥ずかしかった気持ちは追い払いもしないのに、どこかへスーッと逃げて行ってしまった。
 もっと戸田純一と話をしたいと思った。お喋りな夫には閉口したけれど、今度はこちらからうんと話をして、ソワソワした浮かれた思いにかられたくなった。(つづく)
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