Vol.37 博物館[2008.3.26]
 熊本にも大阪にもいろいろな博物館がありますが、例えば古代をテーマにしたものをいくつか挙げると、熊本県立装飾古墳館、大阪府立近つ飛鳥(ちかつあすか)博物館、大阪府立狭山池博物館があります。この三つは、建築家・安藤忠雄さんの作品でもあるのですよ。そう、みんなで〜んと構えたコンクリートの斬新な建築物。“現代の古墳”がイメージされていたり親水空間があったりとメッセージ性が強く、建築面でも展示面でもさまざまな趣向が凝らされています。

 装飾古墳とは、埋葬施設の石壁に壁画や線刻、彫刻などの装飾を持つ古墳のこと(墳丘を持たない横穴も含む。また、高松塚古墳・キトラ古墳などの壁画古墳とは区別されている)。この装飾古墳が一番多いのが、熊本県だそうですね。

 一方、近つ飛鳥とは近い方の飛鳥の意味で、7、8世紀のころ、大阪にあった難波宮(なにわのみや)から遠いほうの大和(奈良県)の飛鳥を遠つ飛鳥(とおつあすか)と呼んだのに対し、大阪府南部の曳野市飛鳥を中心とした地域をそう呼んでいました。この地には、難波宮から大和飛鳥へと至る古代の官道が通っていて、周辺には古墳がたくさんあり、博物館もそこに建設されているわけです。また、同じく大阪府南部にある狭山池は、7世紀前半に築かれた日本最古のダム式のため池で、博物館には当時の堤防の巨大な断面標本などが展示されています。

 ▼熊本県立装飾古墳館
 http://www.kofunkan.pref.kumamoto.jp/
 ▼大阪府立近つ飛鳥博物館
 http://chikatsu.mediajoy.com/index_j.html
 ▼大阪府立狭山池博物館
 http://www.sayamaikehaku.osakasayama.osaka.jp/

 一昨年、私は、この中の大阪府立近つ飛鳥博物館を取材する機会がありました。そこでちょっとした興奮を覚えたのが、古墳時代の木製そり「修羅(しゅら)」の展示。というのも、このコラムVol.11<古代ロマン>で修羅に触れていますが、古代のその実物を見たのは初めてだったのです。知識の中にある物質が実体化した瞬間であり、また、その修羅を作り、使った1500年前の人々もそこに感じられる、時空を超えた感慨を味わったのでした。そう、これが実物の力、“リアル”がもたらすものなのですよね。

 かつて人間は自然や社会を、五感による直接的で現実的な体験を通して理解してきました。いわゆる“リアル”。今、科学技術の発達により、メディアによる間接的、擬似的体験を通して知ることが多くなりました。いわゆる“ヴァーチャル”。インターネットで世界につながるパソコンは、いわば“卓上博物館”。調べ物の大方はパソコンでできますものね。でも、それはあくまで “ヴァーチャル”。何かを知った驚きとか感動とかは、博物館の実物のほうが、あるいは、五感で確かめながら、あるいは、人と交わりながらの、“リアル”のほうが大きいもの。そして、理解をより正しく深めることができるといえるのではないでしょうか。

 いえ、じっくり没頭できる“ヴァーチャル”だって素晴らしいです。だから、むしろ“リアル”と“ヴァーチャル”の双方を自在に行き来し、その振幅をバランスよく広げるほうが、驚きも感動も理解も豊かになるのだと思います。

 ところで、「SFの父」とも称されるH・G・ウェルズの名作を映画化した「タイムマシン」(ガイ・ピアース主演の2002年版)に、未来の科学博物館が登場していました。その博物館で待機しているのが、来訪者のあらゆる質問に答えるべくプログラミングされたホログラム人格、ボックスという名の案内人。主人公アレクサンダーの疑問にあれやこれやと答えていました。ホログラムなので“リアル”ではなく“ヴァーチャル”なのですが、人類の未来には、あんな知の塊のような「人」がサポートしてくれる博物館が出現するのかもしれませんね。

 “ヴァーチャル”が映像や音声だけでなく、臭いとか感触とか空気の揺らぎとかも表現できるようになったら、“ヴァーチャル”の人が自在に考え、感情も動かすようになったら……“ヴァーチャル”と“リアル”の境界はどうなるの? 私は映画「マトリックス」は観ていないのですが、そんな“ヴァーチャルリアリティ”の世界が描かれているのでしょうか? 

 ……何だか高部、“ヴァーチャル”にとらわれ、うろうろしております。窓の外に、桜の蕾がだいぶ色づいているのが見えるではありませんか。ここらで“リアル”へ脱出することにいたします。